東京地方裁判所 昭和60年(ヨ)810号 決定 1985年3月09日
債権者
日本楽器製造株式会社
右代表者
川上浩
右代理人
青木一男
関根修一
債務者
破産者株式会社日本蓄針
破産管財人
奥野善彦
主文
本件仮処分申請をいずれも却下する。
理由
一本件申請の趣旨及び理由は別紙動産仮処分命令申請書及び仮処分申請書補充書に記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1本件仮処分申請は、動産売買の先取特権を有する債権者において、先取特権に基づく担保権を実行するにあたり、債務者によって目的物が処分されたり占有が移転されたりするとその実行ができなくなるので、これを保全するため、一次的に先取特権に基づく物上請求権としての妨害予防請求権を被保全権利として別紙物件目録(1)、(2)記載の各商品(以下「本件商品」という。)につき執行官保管の仮処分を、二次的に先取特権に基づく差押承諾請求権を被保全権利として本件商品に対する差押を仮に承諾する旨の意思表示を命ずる仮処分を、三次的に先取特権に基づく目的物引渡請求権を被保全権利として本件商品引渡の断行仮処分をそれぞれ求めるというものである。
2よつて判断するに、本件疎明資料によれば、債権者が別表に記載のとおり昭和五九年一一月九日から昭和六〇年二月一四日までの間に株式会社日本蓄針に対して同表記載の商品(本件商品と同一である。)を売り渡し、そのころこれを同会社に引き渡したこと、同会社は同月一五日に破産宣告を受け、債務者がその破産管財人に選任されたことを一応認めることができる。
右の事実によれば、債権者は、本件商品につき動産売買の先取特権を取得したものというべきである。
3そこで、本件第一次ないし第三次請求の各被保全権利についてみるに、動産売買の先取特権は、動産の売買により法律上当然に発生する法定の担保物権であり、目的物から優先弁済を受けることをその内容とするものであるが、実体法上、動産売買の先取特権者は目的物を占有すべき権利を有しておらず、しかも、目的物が第三者に譲渡されて引渡も了してしまうと右目的物には先取特権の効力が及ぼなくなる(民法三三三条)とされている点に鑑みると、先取特権者には買主(債務者)による目的物の処分を制限しうる権利は存せず、買主に対して目的物を保持するよう要求する権利もまた存しないというほかはなく、更に、手続法としての民事執行法上、動産の競売に際して目的物の占有を強制的に取得するとの前提がとられていないこと(民事執行法一九〇条)をも併せ考慮すると、動産売買の先取特権者が民事執行法一九〇条の規定に基づいて担保権を実行し、優先権を行使しうるのは、買主(債務者)の支配下に目的物が特定可能な状態で存在し、しかも、買主の協力を得て、目的物を執行官に提出するか買主の差押承諾文書を入手することができる場合に限られるものと解するのが相当である。
右に説示したところによれば、動産売買の先取特権者には、買主に対する目的物引渡請求権はもとより差押承諾請求権も目的物保持請求権もまたないものといわなければならず、従つて、これに対応する買主(債務者)の義務もまた存在しないことが明らかである。
このことは、買主がその後破産宣告を受け、破産管財人が右権利義務を承継することになつたとしても変るものではない。
4以上によれば、本件仮処分申請は結局被保全権利の疎明がないこととなるのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(奥田正昭)
[動産仮処分命令申請書]
[申請の趣旨]
債務者の別紙物件目録の各物件に対する占有を解いて東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。
執行官はその保管にかかることを公示する為、その他保管方法について適当な方法をとらなければならない。との裁判を求める。
〔申請の理由〕
一、債権者は楽器類の製造販売を営業する会社、債務者が管財人の職務を執行する破産会社は昭和六〇年二月一五日東京地方裁判所より破産宣告を受けたものであるが、破産前レコード針・小物楽器類・楽譜等の卸販売を営業していた会社である。
二、債権者は右破産会社の破産前会社(以下破産前会社という)と昭和三五年四月 日ハーモニカ・リコーダー等の教材用楽器類の継続的販売取引契約を締結し、売買取引を継続してきた。
債権者は昭和五九年一一月一日から昭和六〇年二月一四日迄の間に、破産前会社より別表の商品名欄記載の各物品(以下本件物件という)にて、それぞれ売買の申込を受け、同表の代金欄記載の各代金額について、同表の納入日欄記載の各日に同会社に売渡し同日に同会社に各引渡した。
三、債務者は右破産会社の破産管財人として、これらの別紙物件目録記載の各物件を占有している。
四、破産前会社との代金支払約定日は商品を納入した月の翌月二〇日の定めであるが、破産前会社は前記第二項記載の各代金の支払いをしないまま破産宣告を受けた。
よつて債権者は本件物件に対して動産売買の先取物権を有し、別除権を有するところ本件物件に対する債務者の換価処分行為とか占有移転行為、保管場所の変更その他物品の移動等は先取特権に対する権利侵害に該るので、これらの権利侵害の畏れに対しては妨害予防請求権を有する。
五、(保全の必要性)
債務者は現在本件物件について債権者の先取特権目的物として特定し、別除権としての取扱いをしていないので、このままでは一般の破産財団に属する財産として換価処分されてしまう畏れがあり、後日本件物件について本案判決で動産売買先取特権が確認されたとしても債権者は回復しがたい損害を蒙ることになる。
これに対し本件保全命令があつたとしても債務者の換価が本案判決の確定後なママなるだけであり債務者の職務執行や破産会社に何らの損害も発生しない。
六、よつて債権者には本件物件について動産売買先取特権に基づく妨害予防請求権がありその保全として本申立に及ぶ。